教会は祈りの家

2017年1月29日降誕節第6主日礼拝説教より(竹澤知代志主任牧師)

  それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒された。そして言われた。「こう書いてある。
 『わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。』  
 ところが、あなたたちは
   それを強盗の巣にしている。」
 境内では目の見えない人や足の不自由な人たちがそばに寄って来たので、イエスはこれらの人々をいやされた。他方、祭司長たちや、律法学者たちは、イエスがなさった不思議な業を見、境内で子供たちまで叫んで、「ダビデの子にホサナ」と言うのを聞いて腹を立て、イエスに言った。「子供たちが何と言っているか、聞こえるか。」イエスは言われた。「聞こえる。あなたたちこそ、『幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美を歌わせた』という言葉をまだ読んだことがないのか。」

マタイによる福音書 21章12〜16節

▼白河教会に赴任して未だ3年目のことです。教会員のお医者さんが亡くなりました。福島県知事もこの人の意向には逆らえないというくらいの、地方の名士でした。その葬儀は大変です。70~80人入れば満員の礼拝堂ですが、参列者の予想は500人、実際にそれ以上の列席でした。
 幸い、敷地は400坪と広いので、テントを張ったりモニターを入れたり、大騒ぎになりました。最も困ったのは下足です。テント・モニターで参列した方にも、献花は礼拝堂でして貰わなくては失礼だと言う人がいます。

▼そこで、急遽、礼拝堂に絨毯を敷いて土足にすることを提案しました。費用はかなりかかりますが、年配者が多いので、この際、普段も土足に切り替えた方が、便利だと考えました。
 ところが、葬儀委員会の協議で、反対を唱える人が少なくありませんでした。理由は、礼拝堂に土足で入るのはけしからんということです。
 その他にも、協議がまとまらないことが幾つもあり、何しろ、大変に人望厚かった長老のことですから、協議も熱中します。血走ったと言ったら、少々大げさでしょうか。とうとう夜中の2時になってしまいました。
 葬儀委員長、現職の市長が言いました。「教会のことだから、牧師さんの言う通りにすべえ」。これで決まりです。亀八郎という名前でしたが、鶴の一声で決定しました。
 私は大いに感謝し、次の選挙ではこの人に投票しました。

▼葬儀が終わったら、天気が良かったこともあり、絨毯は殆ど汚れていません。
次の日曜日から、結局、スリッパに戻ってしまいました。

▼松江北堀教会でも、同じような議論がありました。会堂建築の時です。バリアフリーを前提に設計して貰ったのですが、土足に抵抗を持つ人が少なくありません。もめにもめましたが、土足派が勝ちました。しかし、スリッパを使い続けた人もありました。

▼同じような議論が、バザー開催の是非を巡って起こります。神聖な礼拝堂で、物の売り買いをして良いのかという議論です。
 礼拝堂では一切飲食をしないという、堅い教会もあります。まあ、銀座教会や富士見町教会のように設備があるなら、敢えて礼拝堂で飲食する必要もありません。

▼さて、大分長い前振りになりました。
 聖書を読みます。12節。
 『それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々を
皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒された』。
 およそイエスさまらしくない行動です。私たちが勝手にそう思いこんでいるだけで、イエスさまにも激しい一面があったと言えばそうなりますが、しかし、不可解ではあります。聖書の他の箇所と比べてあまりにも違和感があります。
 ペトロに、罪を犯した人を何度まで赦したらよいでしょうかと問われた時に、7の70倍までと答えられたイエスさまです。
 逮捕に来た兵士に、ペトロが切りつけると、剣によって立つ者は剣によって滅びると諭されたイエスさまです。
 丁寧に読まなくてはなりません。

▼『神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々』とあります。神聖な場所で商売をしていた、と非難されるでしょう。しかし、事情、状況があります。この時代全ユダヤ人の90%は、海外に暮らしていた言われています。これらの人が、それこそ熱い信仰心の故に、時間もお金も費やして、エルサレム神殿詣でにやって来ます。ところが、そこで献げる動物を、連れてくることは不可能ですかすら、神殿の近くで買い求めることになります。また、ローマや他の国のお金では、汚れているとして献金になりませんので、両替して貰います。その結果、神殿近くや、一部神殿の庭にまで、お店が並ぶことになってしまいました。

▼13節。
 『そして言われた。「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。』 ところが、あなたたちは/それを強盗の巣にしている。」』
 エルサレム神殿での祭儀には必要欠くべからざるものなのに、イエスさまは、それを商う人々を、『強盗』と呼びました。多くの信者が群がる場所を『強盗の巣』と言いました。
 私たちは、先ず素直に、この言葉を受け止めなければならないでしょう。何しろ、イエスさまのお言葉なのですから。
 土足で礼拝堂に入ること、礼拝堂をバザー会場にすることが、即ち、『強盗の巣にしている』ことなのかは、議論が要りますが、イエスさまのこのお言葉を無視することは出来ません。土足、バザーに限らず、問題は、私たちが礼拝堂を、教会を、『神聖な場所』と認識し、そのように振る舞っているかどうかでしょう。

▼14節。
 『境内では目の見えない人や足の不自由な人たちがそばに寄って来たので、
イエスはこれらの人々をいやされた』。
 12~13節と14節のギャップに注目しなくてはなりません。12~13節の反対側が14節なのです。
 『目の見えない人や足の不自由な人たち』は、律法の規定によれば、神殿の中に入って礼拝することが許されない人たちです。彼らは神殿の外庭にいて、多分、物乞いをしていました。しかし、その行為を『強盗の巣にしている』とは仰いません。
 それどころか、『目の見えない人や足の不自由な人たちがそばに寄って来たので、イエスはこれらの人々をいやされた』。彼らを受け入れ、そして癒やされたのです。
 これこそが、『祈りの家』ということでしょう。

▼『祈りの家』とは、信じる者が、体に傷を負った者が、心に傷を負った者が、救いを求めて祈る場所です。
 神殿の中に入って礼拝することが許されず、神殿の外庭にいて、物乞いをしていた人々こそが、救いを求めて祈る人であり、彼らにとってエルサレム神殿は、『祈りの家』だったのです。
 一方着飾ってやって来て、誇らしげに礼拝し、自慢話をお土産に、元の国へと帰って行く参拝者たちは、本当に『祈りの家』を求めていたのかと、問われているのです。
 このことは、初詣の景色を見れば頷けることです。

▼少し脱線かも知れませんが、使徒言行録3章の美しの門の出来事を連想させられます。
 短くおさらいします。
 ペトロとヨハネとが美しの門の前で立ち止まり、乞食に向かって、「私たちを見なさい」と奇妙なことを言いました。乞食は、何か特別の施しに与ることが出来るのかと、期待したかも知れません。ペトロは更に、奇妙なことを言います。『わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう』
 「なあんだ、お金じゃないのか。でも、旨いものでもくれるのか」と乞食が思ったかどうか、そこまでは記されていません。
 ペトロが与えたものは、『キリストの名によって歩いている』という事実そのもののことでした。『ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、
歩きなさい』という言葉と同時に、乞食は、『足やくるぶしがしっかりして、
8:躍り上がって立ち、歩きだした』。自分の足で踊り上がって立ち、歩くことが出来るようになりました。
 福音書に描かれる奇跡物語の大部分がそうであるように、ここでも、何か、特別に癒しの行為が行われたというのではありません。薬が用いられたのでも、痛い所に、手が置かれたのでも、呪文が唱えられたのでもありません。敢えて言うならば、呪文ではなく、主の御言葉による癒しが行われたのです。

▼宮に詣でる多くの人々は、自分の持っている持ち物、即ち、金銀から、その一部を、乞食に恵んで上げました。ペトロとヨハネとは、同様に、自分の持ち物の中から、その一部を、乞食に分け与えてやりました。信仰を持ち物のように言うのは問題ですが、ここでは比喩として、受け止めていただきたいと思います。
 ここに記されていることを、大胆に要約すれば、つまり、多くの人々は、宮に参り信仰的に充実し、ついでに施しをして慈善心も満足させた。しかし、人々には、乞食に分けて上げられるような信仰の持ち合わせは無かった。「金銀は持っていないが。信仰を持っていたペトロとヨハネは、それを分けて上げることが出来た」こういうことになります。

▼癒された男は、「踊りあがって」立ち上がります。その気持ちは、私たちにも容易に想像できます。むしろ、不思議に思うのは、彼が、親兄弟に知らせるよりも、医者や祭司に見せて治癒したという証明を貰うよりも、何よりも、先ず、神を讃美しながら、宮に入って行ったという事実です。
 ここでご注目いただきたいのは、この物語の隠された登場人物、第4の登場人物の事です。彼らは、生れつき足の不自由な男に、乞食をさせるために、というと表現が悪いので、言い換えれば、彼を経済的・社会的に自立させる助けとして、彼を、毎日、彼の職場である美しの門の前に連れて行って上げます。これは、もしかすると、彼の上がりを掠めるためではなくて、一種のボランティアなのかも知れません。しかし、彼らは、彼と共に礼拝を守る為のボランティアではありません。その必要があるとも気付いていません。
 私たちに、つまり、礼拝へと集められた者の共同体である私たちに求められていること、それは、一人でも多くの兄弟柿妹と共に礼拝を守ること以外にはないと考えます。

▼生れつき足が不自由なために、エルサレム神殿で行われる祭儀・礼拝から疎外されていたこの乞食も、健康な者と同じように、宮に参り、礼拝したかったのです。癒されて直ちにしたことが、礼拝だったということは、彼が、毎日毎日、このことを夢見ていた、適わぬ夢を見続けていたからに外なりません。
 乞食をさせるために、宮の前まで運んで来て、置いていく者はいても、宮の中まで連れて行ってくれる者はなかったのです。
 幸い清風園では、このボランティァが与えられています。奏楽者が一人、聖書や讃美歌の頁をめくったり、車椅子の送迎に当たる人か2~3人います。何れも、どこの教会員でもありません。

▼民衆は、一種の有名人である乞食を知っていましたから、『彼が歩き回』っていることに『我を忘れるほど驚いた』。これは、当然かも知れません。しかし、『神を讃美している』ことにも、『我を忘れるほど驚いた』と記されています。
 人々はユダヤ人同胞の一人を、その障害故に疎外していました。彼らは、神の恵みに与かり感謝する宮詣でをしていながら、そのことと、自分たちが犯している疎外・差別の間の矛盾に全く気が付いていません。
 しかし、私たちも、彼らを笑うことはできません。私たちも、日曜日毎に礼拝を守り、様々な福祉的な働きに協力していても、自分たちだけで礼拝し、教会の交わりを持つことを少しも異常だと思わないということで、既に、多くの救いに与かるべき人々を疎外しているのです。

▼大分寄り道でした。元に戻ります。
 15節。
 『他方、祭司長たちや、律法学者たちは、イエスがなさった不思議な業を見、
境内で子供たちまで叫んで、「ダビデの子にホサナ」と言うのを聞いて
腹を立て』
 『イエスがなさった不思議な業を見 … 腹を立て』とあります。真の信仰を持たずに形式ばかりに目が向くとこういうことになります。『イエスがなさった不思議な業を見』たのに、感謝でも、驚きでさえもなく、『腹を立て』たのです。
 イエスさまが、普段のイエスさまらしくない乱暴とも言える仕方で破壊されたのは、この偽善ではないでしょうか。形骸に堕ちた信仰ではないでしょうか。

▼『境内で子供たちまで叫んで、「ダビデの子にホサナ」と言う』。子どもたちは素直です。見たままのことにそのまま反応しているのです。彼らは、その目で、『イエスがなさった不思議な業を見』たのです。そして素直に驚き、喜びを持ったのです。

▼16節。
 【イエスは言われた。「聞こえる。あなたたちこそ、
  『幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美を歌わせた』という言葉をまだ読んだことがないのか。」】
 私たちに求められているものも同じです。高度に整えられた祈りの言葉だとか、美しい讃美とかではありません。『幼子や乳飲み子の』それです。飾らない、ただ心からの祈り讃美です。

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