持ち物を共にする

2017年7月9日聖霊降臨節第6主日礼拝説教より(竹澤知代志主任牧師)

 信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし、皆、人々から非常に好意を持たれていた。信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配されたからである。たとえば、レビ族の人で、使徒たちからバルナバ――「慰めの子」という意味――と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、持っていた畑を売り、その代金を持って来て使徒たちの足もとに置いた。

使徒言行録 4章32〜37節

▼まず始めに、この箇所で説教する多くの牧師が触れるだろうこと、私も8年前にお話ししたことを、繰り返します。
 使徒言行録4章の末尾に述べられていることは、一言で言えば理想でしょうか。あまりにも理想的、空想的な非現実でしょうか。
 理想というのは、現実に行うのは難しいということです。
 これを実際に試みた教会・教派は存在します。2000年のキリスト教会の歴史の中で、絶えず新しく生まれ、しかし、上手くは運ばず、消えてしまったものが大半です。
 勿論、今日でも存在しますし、その中には、結構な長い年月の間、続いて来たものもあります。しかし、それは、キリスト教会の主流ではありません。弱小な勢力です。
 クエーカーやアーミシュは、村人同士、信者同士の協力・結束は強いのですが、財産の共有はありませんから、これに数えることは出来ません。

▼また、ローマカトリックなどの修道院を、これに数えることが出来るかどうかは、微妙です。もし、数えることが出来るとすれば、その数字は小さくはないということになります。
 しかし、ローマカトリックなどの修道院も含めて、使徒言行録4章を実践する教会・教派は、現在も存在するとしても、その大半は、聖職者に限定されています。
 そして、多くの信徒が世俗にあって、修道院に居る者を経済的に支えているのです。これをもって、使徒言行録の理想が現実になっているとは、とても言えないでしょう。

▼いろいろな試みがありました。今でもあります。
 また、現実に存在しているかどうかはともかく、これを理想とする思いは、根強いのです。詳しくお話する暇はありませんが、簡単に言えば、理想的な無政府主義です。今日でも理想かも知れません。
 歴史上に実現した所謂原始共産主義的な共同体は、何故消えて行ってしまったのでしょうか。
 現実は、使徒言行録5章、今日の箇所の直後に記されています。
 今日の出来事は、5章と併せて読まなくてはならないでしょう。そのように、記されているからです。
 5章については、以前に礼拝で読みましたので、特に取り上げることは致しません。黙読いただければ、十分かと思います。

▼さて、順に読みます。32節。
 『信じた人々の群れは心も思いも一つにし』
 『心も思いも』とあります。どちらも、ギリシャ語の中でも最も馴染みのある言葉の一つです。殆ど、日本語として使われています。心(カルディア)と思い(プシュケー)はどう違うのか、確かに、違いはあります。しかし、ここでは、そのようなことが重要だとは思えません。
 似たような言葉を重ねて、強調していると受け取っていただけれは十分だと思います。

▼ここで確認したいことがあります。初代教会の人々が共有したものは、他のものではなくて、第1に、『心も思いも』だということです。これが最初で、これが前提です。
 同じく32節。
 『一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。』
 『全てを共有』と言いますが、『全て』とは何でしょうか。『全て』、ここに限界があるのではないでしょうか。
 極端な話しをします。これは前回の説教でも挙げました。ハインラインという作家がいます。この人は、多くの作品で、原始共産主義的な世界を描いています。
 その極まりが、『異星の客』であり、『夜は無慈悲な月の女王』です。かつて、いわゆるヒッピーのバイブルと呼ばれた本です。
 ここでは、正に全てを共有する世界が描かれます。その全ての中には、奥さんや子どもも入ります。
 ヒッピーのバイブルとは、つまりは、フリーセックスになってしまったのです。

▼極端な話をしているように聞こえるかも知れません。しかし、そうでもありません。
 カンボジアのポルポト時代を思い起こして下さい。かつては、大新聞も、ポルポト革命を素晴らしいことが起きているかのように報道したのです。
 連合赤軍はどうでしょうか。
 まあ、毛沢東主義やその亜流の話をしても仕方がありません。キリスト教世界に限定すべきかも知れません。
 殆どの原始共産主義的な共同体は、性的道徳的に堕落し、最初の意図とは全く別物の、悪魔的集団へと転落して行くのです。歴史を通じて、そうなのです。

▼33節。最初と後半を読みます。
 『使徒たちは、皆、人々から非常に好意を持たれていた。』
 ここに記されている通りなら、大変結構なのですが、大抵、その逆です。特に、その道徳、性的倫理の故に、周囲の人々に忌み嫌われ、時には、迫害弾圧され、その結果、ますます頑なになり、そして、現実逃避に走るのです。
 勿論、迫害弾圧された人々、団体の中には、決して堕落などなかったのに、いわれのない濡れ衣を着せられた人々、団体もあったと思います。

▼さて、このようにお話していると、私は、聖書に書いてあることに逆らって、原始共産主義的な、むしろ、使徒言行録的な教会を、全く否定しているように聞こえると思います。
 そんなことはありません。むしろ、逆かも知れません。強い、強い、憬れの気持ちを抱くのです。
 これからだって理想を実現したいくらいです。
 教会に寄っている多くの人々、特にお年を召して、孤独な思いにある人、家族から邪魔にされてしまうような人々が、教会という大きな家で、正に、共同生活出来たらいいなと考えます。

▼33節の真ん中と、と35節を読みます。
 33節『使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし』
 35節、一部だけ読みます。
 『その金は必要に応じて、おのおのに分配された。』
 使徒言行録の教会は、明確な目的をもった共同体です。生活共同体である以前に、福音宣教の共同体なのです。
 福音宣教の使命があり、その必要上から、生活共同体という性格を併せ持ったとさえ言えます。
 兎に角、一緒にご飯を食べるのが、使徒言行録の教会の存在理由ではありません。福音宣教が、その存在理由なのです。

▼5章12節以下をご覧下さい。
 12節には、『心を一つにし』とあります。
 4章と同じです。
 しかし、13節。
 『ほかの者はだれ一人、あえて仲間に加わろうとはしなかった。』
 その一方で、14節。
 『そして、多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった。』
 なかなか、ややこしいのです。
 そんなに単純な話ではありません。
 
▼話を元に戻します。
 4章を、現実と理想の違いだけでは説明出来ません。
 むしろ、こんな風に考えることは出来ないでしょうか。
 4章の理想は、現在の教会に於いて、実現しているとも言えるのではないでしょうか。
 一つの宣教の目的のために、『心を一つにし』
 『その金は必要に応じて、おのおのに分配された。』
 宣教のために、必要な資金は、皆が出し合い、そして、『必要に応じて、分配され』るのです。
 教団・教区の負担金も、隠退教師の慰労金も、そのような制度です。
 ただ、ちょっと、足りないだけです。
 反省点があるとすれば、大分余裕のある教会がある一方で、最低の必要も満たされていない教会があるということでしょうか。

▼現代の教会と、使徒言行録の教会とは、小さくない違いがあります。それは、当然です。時代が2000年違いますし、地球の裏側と言いたい程、地理的にも隔たっているのです。
 しかし、一番肝心な点は、今日でも同じなのです。同じでなければならないのです。
 一番肝心な点が同じなら、些末な所では違っていても良いのではないでしょうか。

▼36節。
 『たとえば、レビ族の人で、使徒たちからバルナバ――「慰めの子」
という意味――と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、
37:持っていた畑を売り、その代金を持って来て使徒たちの足もとに置いた』
 分配できるのは、提供する人があるからです。
 献げる者なしには、アガペーの業は出来ないのです。
 ですから、使徒言行録の信仰生活を理想とするならば、分配に与ることをではなく、献げることをこそ、理想としなければなりません。

▼バルナバがいなければパウロもいなかったかも知れません。
 パウロの伝道旅行はなく、世界宣教もなかったかも知れません。
 まあ、神さまの業ですから、バルナバの代わりが、パウロの代わりが立てられたでしょうが。しかし、誰かが、この役割を担うのです。

▼キリスト教内外の多くの原始共産主義は、破綻しました。しかし、教会は2000年間続いています。
 分配を受ける権利があるというような、考え方では長続きはしません。
 分配とか、受けるとかという所に力点が存在するのではなくて、富める者も、貧しい者も、同じように献げるという教会の考え方こそが、使徒言行録の教会の姿勢が反映されているのです。

▼前任地の松江北堀の会堂建築について、しばしばお話しします。私にとっては、牧師生活の大事件ですので、お許し下さい。
 小さい教会にとっては、とてつもなく大きな事業でしたので、原則反対の人がいました。これらの人やその考え方については、今日は触れません。
 一方、会堂新築に熱心だった人がいます。その一人は、隠退して郷里に帰っていた婦人牧師でした。反対派を説得し、多額の献金も献げられました。そして、献堂後、時を経ず、遠方の老人施設に転居しました。
 決して自由な経済状態ではなかったと思います。その中から献げた金額は、老後の生活には重要なものだったでしょう。牧師のための会堂建築ではありません。ましてこの老婦人牧師にとっては。

▼以前の教会で会堂建築に2度遭遇したという老夫婦も、積極賛成でした。3度目の会堂建築、つまりは、3度目の献金、しかし、この夫婦は、何度も恵みに与った、感謝だと言うのです。他にも、過去に会堂建築を体験した人は、皆、賛成派でした。

▼児童文学者だった夫を先に送り、一人になって故郷の町に戻っていた婦人がいました。なかなか良い作品を残した作家なのですが、何しろ児童文学者、お金には縁がなかったようです。この人は、狭い市営住宅に住んでいました。しかし、教会新築を、我が家のことのように喜びました。そうです。教会は彼女にとって我が家なのです。決して、単なる牧師の住まいではありません。

▼肝心な事はこの点だと思います。誰もが、我が家のためならば、我が家族のためならば、収入の全てを献げて惜しくはありません。そもそも、献げるというような思いもありません。当たり前のことです。
 つまり、問われているのは、献金を幾らするのかとか、自分にはどれだけの権利があるか、義務があるかというようなことではありません。
 教会を神さまの家と考えているか、自分もその神さまの家の家族の一人として考えているかどうか、問われているのはこれだけです。

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