礼拝の始まり

2013年12月29日主日礼拝説教より(竹澤知代志主任牧師)

 イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。王は民の祭司長たちや、律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。
『ユダの地、ベツレヘムよ、
お前はユダの指導者たちの中で
決していちばん小さいものではない。
お前から指導者が現れ、
わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」

そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

マタイによる福音書2章1節〜12節

▼40年以上も前に読んだ短編小説で、題名も著者も忘れてしまいました。多分、ウィリアム・サローヤンだと思います。実に頼りない話ですが、どうしても引用したいと思います。こんな話です。
ユダヤ人の貧しい親子がいます。息子が成人の儀式に与った日、つまり、13才になった時に、父親が息子をレストランに連れて行きます。そこは、町で一番の超高級店です。長い歴史を持つ名店で、会員制、一見さんは入ることが出来ません。父親は、家が貧しくなっても、この会員権だけは、絶対に手放さなかったのあります。すっかり零落した家系の、最後の誇りだったのであります。
この親子は、一年に一回だけ一張羅の背広を着て、超高級レストランに出かけ、その店で一番安い料理を注文します。その一番安い料理でさえ、親子にとっては、節約に節約を重ねなければならない値段であります。

▼この会員権は高く売ることが出来ます。貧乏から抜け出すことが出来る程の値打ちがあります。しかし、もしこれを手放してしまったなら、親子は、名誉も誇りも失った、ただの貧乏人になってしまうのであります。
売れば大金が入る物、それだけではお宝とは言えません。どんなに貧しくとも手放すことのできないもの、それが宝物であります。

▼今日与えられた箇所は、東方の博士の物語であります。
繰り返し読まれているところであります。ヘロデ大王に焦点を当てて、言わば、クリスマスの出来事の裏側にあるものを見たこともありました。
今日は、東方の博士に光を当てることによって、クリスマスの意味について、聖書が私達に語るところを、探りたいと思います。ここに於いて世界で最初のクリスマス礼拝が守られたということに、特に注目致します。

▼と言いましても3人の博士については、矢張り以前に、その名前や、彼らにまつわる伝説やらも含めて、詳しくお話ししたことがあります。
ただ、この一点だけを強調したいと思います。

▼19世紀には、博士の存在、そも、クリスマスの星の存在も疑われ、伝説として退けられる勢いでありました。しかし、今日の学問では、彼らの存在が明瞭に証拠付けられています。
先ず、星について。
天文学の成果によって、紀元前7年、魚座の中で、木星と土星が直列現象を起こしたことが、分かっています。これは794年に一回という極めて珍しい現象であります。そして、何より重要なことは、メソポタミアのシッパルから出土した楔型文字による星の暦に、このことが予告されておりました。この暦は、今日のコンピューターによる計測と殆ど誤差がないそうであります。

▼さて、合理的な科学である天文学と怪しげな占星術とが結び付いていた当時の考え方では、木星は世界の支配者、土星はパレスチナの星、更に、魚座は、単位を2000年とする、星の時代の一区切りを、意味しておりました。
まとめると、粘土板の刻まれた紀元前4000年、現代からすれば6000年前の時代に、「今から4000年後、パレスチナに世界の支配者が誕生する」という預言がなされていたということになります。
ところで、イエス・キリスト、神の子、救い主という意味の、「イエスース・クリストゥース、セオース、ヒュイウー、ソーテール」の頭文字を拾えば、イクスースという字が出来上がりますが、これこそ、ギリシャ語の魚、であります。魚座の魚であります。紀元前4000年には、未だコイネー・ギリシャ語が存在しなかったことを考えれば、何とも不思議な符号であります。

▼符号と言えば、木星と土星との、直列現象は5月29日、10月3日、12月4日と3回起こったことが、コンピューターで計算されていますが、これは、博士が、5月に星を発見し、計測し、覚悟を決めて、旅行の準備を整え、10月に再発見すると同時に出立し、砂漠を越え、ようやくエルサレムに到達した12月に、三度星が現れ、そしてイエス・キリストが誕生したとすれば、ぴったりと計算が合うことになります。

▼次ぎに、紀元前7年という数字そのものあります。
主イエスの誕生を起点とする、所謂西暦とは、533年ローマの僧院長ディオニシウス・エクシグウスが、復活節の表を作るために計算したものが元になって生まれたそうであります。しかし、この計算には間違いがありまして、実際には、この起点の7年前こそが、正しい数字であったことが、今日では、判明しています。
まあ、新しい伝説になってもいけないので、これ以上このことにこだわるのは止めに致します。

▼以上申し上げた証拠から、東の博士たちとは、マタイがクリスマス物語に彩りを添えるために捏造した人物ではないし、全く伝説的な存在でもない、ということがはっきりと分かります。
能率を考えて、その他判明していることも加え、整理しますと、次のようなことになるかと思います。

▼紀元前4000年という遥か昔、メソポタミア地方では、天文学が非常に進んでいた。星の運行を観測することで暦を編み、農業に寄与する学者たちは、同時に、占星術を司る魔術師でもあり、それらのことから権力を得て、彼らの中から、王族・貴族を生み出しました。勿論、黄金・乳香・没薬を蓄えることが可能な程に、資産家でもありました。
ところが、彼らの業績によって、暦が完全なものになり、農業技術が確立すると、逆に彼らの存在理由は薄れ、穀物という富の余剰・蓄積と共に、階級分化か起こり、更に、周辺町村との権力を巡る軋轢・闘争が始まり、軍人が台頭、博士は、支配的な地位を譲り渡すことになります。
まあ、こんなところでしょうか。

▼以来数千年が過ぎ、天文学は廃れ、彼らの学問・伝統は、人々から顧みられることがありませんでした。にも拘わらず、博士たちは、星の観測と、運行の記録を付けることとを怠らず、守り続けたということになります。これは、3人の博士がどうということではなく、実際に、そういう人々が存在したことは間違いありません。天文台・電波望遠鏡などいうものは勿論、ガラスのレンズさえない時代のことあります。砂漠地方の厳しい夜の寒さに震えながら、孤独に星を見詰めていた人達が、存在しました。時代から、取り残されているようで、実は、時代の最先端を行っている、不思議な人々であります。

▼一旦この事実に注目致しますと、次のことにもすぐに気が付きます。クリスマスに登場する人々は、皆、この点で共通性を持っているということであります。時代に取り残されたように見えながら、実は、他の人には見えない大事なものを見ている人、動かないものを見ている人が、クリスマスに登場する者の共通した姿であります。

▼博士たちは、黄金・乳香・没薬を蓄えて来ました。彼らが没落した階級だったとすれば、これは彼らの最後の宝、やがて来るキリストに捧げるために、どんなに貧しくとも手を付けずに置いた宝ということになるかも知れません。
黄金は、どんなに時間が経っても錆びず品質が変わらず、常に価値を保ち続けること、そして希少なものであることに価値があります。実は、このことは乳香・没薬にも全く当て嵌まります。このふたつの場合には、錆びない、品質が変わらないというより、それを処理することで他の物を、錆びないものに、品質の変わらないものに変える力があるということとでありますが、要は同じであります。

▼最初にお話ししましたユダヤ人の親子、彼らは、先祖が残してくれた唯一の誇りのために、一年の間、節約に節約を重ねて、年に一度の御馳走を食べます。 博士たちは、先祖が残してくれた宝物を守り続け、そして、最後には、これをイエス様に献げます。
東から来た博士たちは、長い旅の果てに、ベツレヘムに辿り着き、黄金・乳香・没薬を献げて、帰路につきました。黄金・乳香・没薬を献げたことで、何かしらの報酬を得たとは書いていません。ただ、御子を見上げ、礼拝を献げたことで、喜んで満足して、帰路につきました。
その見返りは何もありません。羊飼いたちも同様であります。

▼先週も申しましたように、羊飼いは、王の誕生に立ち会い、立身出世の機会に恵まれたようで、実は何も得ていません。しかし大いに喜び、その喜びを人々に告げるという役割を果たしています。
羊飼いは、世界で最初のクリスマス礼拝に参加したのみならず、世界で最初に、福音を告げる者とされたのであります。
命を存在そのものを与えられていることへの感謝、神のご用のために働くこと、それが、真の喜びであります。

▼世界で最初のクリスマスは、勿論、世界で最初のキリスト教の礼拝であります。私たちは、この礼拝に、宝物をもって、これを献げるために、集うのであります。
それは、何も献金のことではありません。むしろ、一週間の生活そのものであります。
ローマ書12章1節。
『こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。
自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。
これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。』
ユダヤ教では、収穫の10分1を神に献げます。これは、厳格な規定であります。しかし、パウロは、『自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい』といいます。収穫の一部ではなく、自分自身を献げなさい、これは、10分1では足りない、もっと献げなさいという意味ではありません。

▼信仰を、神の言葉を、宝物として守り抜いたか、それが問われているのであります。
申命記6章4〜9節。
『01これは、あなたたちの神、主があなたたちに教えよと命じられた戒めと掟と法であり、あなたたちが渡って行って得る土地で行うべきもの。
02あなたもあなたの子孫も生きている限り、あなたの神、主を畏れ、
わたしが命じるすべての掟と戒めを守って長く生きるためである。
03イスラエルよ、あなたはよく聞いて、忠実に行いなさい。そうすれば、あなたは
幸いを得、父祖の神、主が約束されたとおり、乳と蜜の流れる土地で大いに増える。
04聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。
05あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
06今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留め、
07子供たちに繰り返し教え、家に座っているときも道を歩くときも、
寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせなさい。
08更に、これをしるしとして自分の手に結び、覚えとして額に付け、
09あなたの家の戸口の柱にも門にも書き記しなさい』

▼そして何よりも、私たちの人生そのものが、博士たちの旅に重なるのではないかと思います。
私たちは、神さまから命という宝物を与えられて生まれて来ました。私たちの命、私たちの人生そのものが、宝物であります。
この宝物を携えて、私たちは、人生という旅路を辿ります。

▼この宝物こそが、どんなに苦しくとも、人に売り渡してはならない物であります。
そして、何時の日にか、私たちは、旅の終わりの日を迎えるのであります。その時に、この宝物、命、人生そのものを、神さまに献げるのであります。
私たちの命、私たちの人生そのものが、宝物であります。

▼その時に、私たちの人生が星に導かれたもの、つまり、神の御心を探る生き方をしてきたかが、問われるのであります。
羊飼いたちは、辛い貧しい生活の最中、クリスマスの星を与えられました。彼らは、この星に導かれて、御子を拝みに出かけ、そして、喜びに溢れました。御子を拝んで、その結果、何かを得たというのではありません。何も得ることは出来ませんでした。しかし、クリスマスの星を与えられたこと、その星に導かれて、救い主を見たことが、喜びなのであります。

▼私たちの教会では、今年、教会員ではない方を含めると、実に7件の葬儀を執り行いました。
大変に辛いことでありました。また、その分だけ、教会そのものの体力も衰えたことになります。来年度以降が、いろんな意味で大変であります。
しかし、教会によっては、死を、天国への凱旋と表現します。ちょっと違和感を覚えますが、信仰的には、その通りかも知れません。
私たちは、葬儀を執り行うことで、その人を、神の国に送ったのであります。

▼人生という宝物を、神に献げる時に、それは、本当に宝物になるのであります。何も、遺産を教会に献げるとか、そういう意味ではありません。
死は、言い換えれば、人生の完成の時であります。
その時に、喜びと感謝で満たされたいものだと思います。

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